
オラトニールという名前が生まれ、別府倫太郎の表現は、絵画や写真、言葉といった枠を越え、
ひとつの世界として立ち上がり始めているように思う。その根底に流れているものは何なのか。
Interview 01では、オラトニールという世界観について。
Interview 02では、「言葉以前、雪のあとさき」という言葉を通して、その感覚の輪郭を辿った。
聞き手・文藝雪月花編集者 別府マサ子

Oratnir Interview 01 オラトニールのはじまり
――オラトニールの立ち上げについて伺います。ブランドを立ち上げた経緯や、その背景にある思想を教えてください。もともと、そうした構想は以前からあったのでしょうか。
もともと、自分の描いた絵をTシャツやスカーフにしたり、テキスタイルとして展開したりして、身につける絵画として届けたいという思いがありました。
そのイメージからさまざまな発想が広がり、やがてひとつのブランドをつくりたいという思いへとつながっていきました。
最初はアパレルとしてブランドを立ち上げようとしたんですけど、そこでやりたいことを考えているうちに、商品だけではなく、その背景にある思想や言葉も表現したいという思いがわいてきました。
また、そうするには絵画だけではなくて幼い頃から表現してきた文章や写真、そういうものも一緒に含めたブランドというか、世界観にしたいという思いがだんだん強くなっていきました。
そうしたときに、ブランドの名前をどうしよう、すべてに共通するものって何だろうって考えているうちに、やっぱりそれって自分が作り出しているもの、その表現のもとにあるのは自分でしかないっていうところに気づいて、そのブランド名を、自分の名前のRintaroを逆から表記したOratnirにしようと思いつきました。
そのすべてをまとめ上げる、その原点というのは自分だから、そこに名前を付けるとしたら、自分の名前を冠するしかないって気づいたんです。
商品だけではなく、その世界観や思想も含めて、手に取ってもらえるようなブランドにしていきたいと思っています。
――絵や文章、写真といった表現の中で、何かモードのような使い分けはあるのでしょうか?
あると思います。でも、意識して分けているのではなく、割と自動的に立ち上がってくるのに近いと思います。自分で操作できないけれど、常に何かをアウトプットしないと、自分がこう生きてられないような感じで、その出口がその時々によって違うんじゃないかなと思います。それらを「これはこれ」「こういうことをやろう」っていう意識はなくて、むしろ、その瞬間ごとに、違う形でモードが立ち上がっている感覚です。
自分の感性とか感覚で捉えたものが、自分の中だけで消化できればいいんですけど、多分それが溢れてしまうんだと思います。溢れて、その行き先をどうすることもなく溢れて、もう、それを吐き出さないと生きていけない。その感覚のまま生きていられない。それは、その行き先を作りたいということでもなくて、良い悪いとかでもない。何かを伝えたいとか、美しさとか、何かを残したいとか、なにか将来のために残すっていうよりも、今この瞬間のために残している。言葉を書くこととか、絵を描くとこととかは、生きるということの範疇を超えるものでもなくて、それ以上でもないし、以下でもない。生きるためにそれが必要なことなんじゃないかなと思っています。
――表現することを、生きるためのものとして意識している部分があるのでしょうか。
はい、あると思います。でも、呼吸することって、普段は意識しないじゃないですか。
自分の中にある「生きるため」って、多分そういうことなんだと思います。普通に生活する中で、呼吸すること自体あまり意識しない。でも、酸素の薄い場所や空気の悪いところに行くと、急に呼吸することを意識するようになる。多分それと同じで、創作を制限されるような状況になると、創作しないと生きていられない、という感覚になるんだと思います。
――オラトニールの象徴のモチーフについて教えてください。
あれは、幼い頃に鉛筆で描いていた絵のモチーフを、そのまま抜き取ってデザインにしたものです。線も、ほとんど手を加えず、そのまま使っています。絵に関しては、線が気持ち悪いか気持ち悪くないかで、すべてが決まると思っています。子どもの頃に描いた線は、何も気持ち悪さがない。でも、それをちょっとでも整えてしまうと、急に気持ち悪くなってしまう。だから、本当にそのまま残すしかなかったんです。自分が子どもの頃に描いていた線を忘れないために、それをずっと原点として掲げておくことで、それが、オラトニールの起点というか、始まりになるんじゃないかなと思っています。
――オラトニールとして、これからどのような世界観を形にしていきたいと思っていますか。
ただプロダクトを作るというより、絵や写真、言葉など、さまざまな表現が混ざり合いながら、ひとつの世界観として形にしていきたいと思っています。商品だけだと、どうしてもすごい速度で消費されてしまう世界でもあるし、世の中には既にたくさんの物がある。だから、その背景にある感覚や思想も含めて形にすることで、製品そのものも、その世界観の一端を担う存在になればいいなと思っています。ただの商品として消費されるのではなく、何かが残っていくようなものを目指したいです。
――ここまで、オラトニールの世界観について伺ってきましたが、その根底には、ずっと「言葉」があるようにも感じています。文藝雪月花の編集者として、改めてお聞きしたいのですが、倫太郎さんにとって、今「言葉」とはどのような存在ですか。
言葉については、自分の原点だと思っています。ずっと離れることのできない存在です。絵を描くときも写真を撮るときも、そのもとにあるのは言葉であって、言葉から離れることはありません。言葉が源流だとしたら、絵や写真は、そこから流れ出てくるものだと思います。
Reflections
オラトニールという世界観のもとには、ずっと言葉のようなものが流れているように感じました。それは言葉になる前の、もっと曖昧で、感覚に近いものなのかもしれません。今回の対話を通して、その片鱗に、少し触れられた気がしています。
Oratnir Interview 02
言葉以前、雪のあとさき
――オラトニールのキャッチコピー「言葉以前、雪のあとさき」について伺います。「雪のあとさき」という言葉が印象的でした。どのような思いから生まれた言葉なのでしょうか。
新しいブランド、オラトニールを立ち上げるにあたって、自分の表現はいろんな方向に向かっていて、それらを対外的に発信していくとなった時に、すべてに共通するものがひとつ欲しいなと思ったんです。それが何かっていうのをずっと考えていた時に、自分が雪国十日町に住んでそこで活動して、雪の気配は常にそこにあって、この土地から常に影響を受けているということが、根本的なものとしてあるなと気づいて。そこをキャッチコピーに入れ込みたいなというのがありました。雪国に住んでいて、ずっと考えていることの一つに、雪国は雪が降る時だけが雪国じゃないっていうのがあって。雪解け水が春になって土地に溶け込み、そこで植物たちが芽吹く。その循環によって米だったり、いろいろな作物が育つ。雪は冬にしか降らないけれど、その循環を見ていると、一年を通して雪国っていうものが形成されていることが肌で感じられるんです。それと同じように、オラトニールも雪だけをテーマにしているわけではなくて、その雪の前後にあるものというか、一年を通してそこにあるものを、ひとつ自分の根っこみたいなものとして置いておきたいなと思って、このコピーを考えました。
――もう一つ、「言葉以前」という言葉も強く印象に残りました。倫太郎さんにとって、「言葉以前」とは、どのようなものなのでしょうか。
自分が何か表現する時っていうのは、やっぱりロジックというか、こういうものを書きたいとかか、あらかじめ設定して、こういう風に仕向けたいっていうものを持っているというよりも、もっと根本的な、衝動的なところから創作してるっていうのがあります。
文章を書く時も、言葉が先にあるんじゃなくて、感覚が先にあって、それをどうにか言葉で表現したいっていう感覚があります。自分の絵とか写真も、思い返してみた時に、言葉になる前の感覚から汲み取ってきたような気がします。そもそもオラトニールのロゴマークも、子供の頃に描いた絵から抜き取ってるもので、子供の頃って、本当に何を描いているとかじゃなく、言葉で名付けられる以前の場所から描いているものだと思うので、その感覚を忘れないように、あえて掲げることによって、自分の表現がぶれないでやっていけるんじゃないかなって。「言葉以前」っていうのは、ぶれないで表現していきたいっていう、一つの意思表示なんだと思います。
――倫太郎さんの作品には、とても強い色彩があります。けれど、その根底には雪国の空気のようなものが流れているとも話していました。あの色彩は、どこからくるのでしょうか。
絵を描く時は、何を描こうとか意識しないで、自分の線が動くのが先で、色も割と線を描き終えた後に直感で選んでる部分があります。始めは自分の世界を描いてるんだなって、勝手に思っていたんですけど、最近になって、個展をやったりとか、いろんな機会で自分の絵を見返したりすることがあって、もしかしてこのモチーフとか形って、雪国そのものなんじゃないかなって気づいたんです。だから、自分の作るブランドは雪国という土地をバックグラウンドとして置こうと思いました。
家の裏の林に、一五〇号などの大きな絵を持って行って撮影したんですけど、その時に、何かあまりにも絵が馴染みすぎていて、もしかしたら自分は林や植物、その形そのものを描いていたんじゃないかなって気づいたんです。自分の中では、派手な色を多く使うので結果的にカラフルな作品になっていると思っていたんですけど、自然のスケールの中に置くと、不思議と派手さを感じなくて、むしろ自然に馴染んで見える。結果的にそう気づいた時に、自分の絵は知らず知らずのうちに、雪国という土地や、子どもの頃から見てきた林や植物、その土地にある形を描いていたんじゃないかなと思ったんです。
――鮮やかな色彩の中にある雪国の感覚を、倫太郎さん自身はどのように捉えていますか。
やはり自分にとって、自然のエネルギーというものは、怖いくらい力強いなって思います。冬は雪が積もって、白黒というか、本当に色のない世界になります。それが春になると一気に溶けて、植物が怖いくらいの勢いで生えてくる。その植物の中に内在するエネルギーのようなものが、結果的に自分の絵の色になっているんじゃないかなと思うんです。自分では、強い色を使おうという意識はあまりないんですけど、結果的に浮かんでくる色が強いのは、そういうことなのかなって。エネルギーの強さって、表そうとしなくても現れてくる。もちろん、植物を描こうと思っているわけではないんです。でも、浮かんでくる色が結果的にそういう色なんだと思います。
――先ほど「ぶれないように」という言葉がありましたが、創作を続けるなかで怖さを感じることはありますか。
表現する中で怖さというよりも、自分の場合はやろうとしていることを言語化した瞬間に、その創作ができなくなる特徴があって、なにか自分でこういうものを作ろうって意図したものって、なにかずっともやもやしたりするので、もともとなにか思ってしまうと創作ができないんです。怖いというよりもむしろ、作られたもの、恰好よく作られたものが、やっぱりポピュラーなものとして成立しているところがあると思っていて。自分はそうできない。その中で、自分はそういうものじゃなくて、言葉にする前のものからしか創作できない。だから、創作したものを、そのまま打ち出していくことに対する怖さはあります。何回も、もっとうまくできないかって考えるんですけど、そうしようとすると、どこかでどうしても排除できない違和感のようなものがあって。
むしろ、自分がそうなってしまう怖さというよりは、そのむき出しのものを世の中に出していく怖さの方が強いと思います。
二〇二六年五月 十日町にて

